第二話
-こんにゃくとぬりかべ-
休み時間に入るとすぐに、華月の周りに人の輪ができた。ほとんどが女子で、高い声が耳に痛い。
「何て呼んだら良い?」
「好きに呼んで良いよ」
「千歳山って知ってる?」
「知ってる知ってる、こんにゃく美味しいよね」
よく回る口から繰り出される質問に、華月は嫌な顔一つせず、笑顔で答えている。
千歳山の話題は当たりだったらしい。
一玉直径四センチほどもある巨大玉こんにゃくの話題で、およそ三分間盛り上がった。
他に盛り上がった話題といえば、さくらんぼや山形市内にチェーンを広げる蕎麦屋。
その店に麺の太さや麺汁の味が似ているという、市内にある蕎麦屋の話などといった、専ら食物の話ばかりだ。
「あんたさあ、他に話すことないの?」
いい加減、食べ物の話にも飽きてきた。
小学生と言えど、色気はないのかと訊きたくなる。
私が呆れた溜め息を吐くと、華月を除く全員が、怪訝そうに眉をひそめた。
「ちょっと、その態度はないんじゃない?」
「何で?」
「仮にも初対面なんだし」
これだけ言われても、直す気などない。
というより、いつもこうだから、直しても居心地が悪くなるだけだ。
私が無言でそっぽを向くと、周囲からブーイングの嵐が沸き起こる。
「この子はこれで良いのよ」
「どうしてよ」
華月が慌てて止めようとすると、クラスのリーダー格である赤間由香が、面白くなさそうに腕組みした。
この状況をどう脱するのだろう。
私は頬杖を付いて、横目で華月を見る。
彼女は困惑した様子もなく、にこりと笑うと、私の手を掴んで引き寄せた。
いつものヤツだ。
「だって、私達従姉妹だもん」
「顔だって似てるでしょ?」と、頬が付きそうなほど顔を近づける。
そう、従姉妹。
それも、限りなく近い従姉妹と言えよう。
私の父は華月の父親の弟で、更に母も、華月の母親と姉妹なのだ。
親同士仲が良いこともあり、暇さえあれば互いの家を頻繁に行き来する。
従姉妹というよりも、姉妹と言ってしまっても良いかもしれない。
それくらい、近い関係なのだ。
「だから良いの。いきなり礼儀正しくされても、気持ち悪いだけだしね」
そこまで話して、ようやく理解してくれたようだ。
彼女達は「そうなんだ」と珍しい物を見るように、私と華月を見比べる。
「言うほど似てないでしょ」
見られるのにあまり慣れていないせいか、ここまで見詰められると緊張してしまう。
「似てる似てる、ソックリだって」
「ホント、姉妹みたい」
人垣の向こうから二人の声がした。
そして「ちょっとごめんよ」という声の後に声の主が現れた。
片方は茶の緩いウェーブを描いたロングヘアに、ピンクのジーパンを履いた背の高い美人。
もう片方は、それと対照的に栗色のセミロングヘアに、薄い水色のワンピースを着た、可愛い“女の子”だ。
二人は机を挟んだ華月の向かい側に並ぶと、背の高い方が先に自己紹介した。
「初めまして、姫から話は聞いてるよ。あたしは時瀬理奈(ときせりな)」
「私は橘麻美(たちばなあさみ)です。よろしくね」
鎖骨に手を当てて頭を下げる理奈に倣って、麻美も短い髪を揺らして会釈する。
「時瀬さんと橘さんね。こちらこそよろしく」
「堅苦しいな……」
「ところで」
居心地悪そうに頭を掻く理奈に、華月は不思議そうに首を傾げる。
「姫って星来のこと?」
「そうだよ、前からそう呼んでるんだ。何か、姫っぽいじゃん?」
「何それ」
訳の分からない理屈に、華月が笑う。
「でも、天満さんもお姫様っぽいよね?」
「じゃあ、姫二号?」
「えー、それやだ」
ふざける理奈に、華月の笑い声は更に大きくなる。
早くも打ち解けたようだ。
「でも良かった」
「何が?」
ホッと胸を撫で下ろす私と同じく、華月も安堵の表情を見せる。訊ねてみると、彼女は笑顔で答えた。
「だって、星来と同じクラスじゃなかったらって、不安だったのよ」
「願いが通じたのね」と、嬉しそうに胸に手を当て、華月は安心した様子を表現する。
「でも、姫の授業中の態度には、目に余るものがあるから気を付けて」
余計な事を。
「何、委員長のくせに授業妨害?」
「そうそう」
華月も興味津々に訊いてくるから、理奈は調子に乗って話し出す。
「居眠りする上に、寝言でかいでかい……」
「わ――――っ!」
慌てて口を塞ごうとしたが、既に遅かった。
華月以外、全員が大笑いしている。
「星来、寝言多いもんね」
フォローするかと思えば、更に笑いを増幅させる手助けをする始末。
「この間なんて……」
「言わなくて結構」
これ以上何か言われては、笑いが止まらなくなる。
そう察知して、私は華月の口を塞いだ。
彼女は不満そうにしていたが、「まあ良いか」と言って諦めた。
とても言われたくない。
夏休み中、華月達と温泉旅行に行った時、寝言で「ぬりかべ」と連呼していたなんて、絶対に言われたくない。
‥NEXT‥