華月が転校してきて三日が経つ。
この日は三十度を越える暑さで、まるでサウナに入っているような気分になる。
当然、体育の授業は必然的に水泳に決まり、クラスメイトのほとんどが、休み時間に入るとすぐに、水着に着替えて教室を飛び出して行った。
「華月は泳ぐの得意?」
「何よ突然」
一番早く着替えを終えた理奈が華月に訊ねた。
華月は不思議そうに首を傾げて聞き返すが、理奈は「聞いてるのはこっち」と笑顔を作る。
「そうだなあ……泳げるけど、そんなに上手くないよ。二十五メートルやっと泳げるくらいだもん」
「それだけ泳げれば十分」
私はスカートのような形のタオルを胸に巻いて、二人の話に混ざった。
実を言うと、私は全く泳げない。
ビート板があって初めて十数メートル泳げる程度で、何か補助具がなければすぐに沈んでしまう。
運動神経が悪い訳ではないのだが、水泳だけはどうしても苦手なのだ。
その事を知っている華月は、苦笑いして私の手を取った。
「今度、一緒にお父さん達に習おう」
「そうだね、せめて補助具なしで十メートル泳ぎたいよ」
これでは海に行ってもすぐに流されてしまう。
私は危機感を覚えて、華月の手を握り返した。
「理奈ちゃんは上手よね」
「全部自己流だけどね」
ようやく着替え終えた麻美が、服を片付けながら話を振る。
理奈は泳ぎだけでなく、スポーツ、勉学全般を器用にこなす。
それは小学生とは思えないほど優秀なのだ。
「ずるいなあ」
「良いでしょ?」
「む……。麻美は準備できた?」
理奈の見下すような口ぶりにムッとして、私は彼女を無視して麻美に話し掛けた。
無視された理奈はツボに入ったようで、腹を抱えて笑っている。
麻美は私達のやり取りを笑顔で受け流し、用意したタオルを腕に抱えた。
「うん、待たせてごめんね」
「じゃあ、行こうか」
華月も準備を終えたようで、さっさとドアを開けるとこちらを振り返った。
早く来いということらしい。
「やだなー」
「何で?」
「だって、泳げないもん」
ドアを潜りながら愚痴を吐くと、麻美は苦笑して私の背中を叩いた。
「誰にだって、得意と不得意があるのよ」
「それはそうだけど、何か嫌」
特に学校の授業では、できなければいけないという感じが強い気がする。
その事が余計に、私の水泳嫌いを強めているようにも感じる。
「あれ?」
そんなどうでも良い事を考ている内に、階段の上まで来ていた。
降りるのかと思えば、華月は肩やタオルの縁を探っては首を傾げている。
「どかうした?」
「帽子忘れてきたみたい、取って来る」
「一緒に行こうか?」
私はそう申し出たが、華月は手を挙げて断った。
「遅れるといけないから、先に行ってて」
そして華月は、私の返事も聞かずに、廊下を走って戻って行った。
「何やってるの、置いて行くよ」
華月の背中をぼんやり眺める私に、理奈が声をかける。
まだ階段の上にいる私に対し、彼女達はいつの間にか踊り場まで下りている。
「待って待って、置いて行かないで」
私は慌てて階段を駆け下り、歩き出そうとしている理奈に追い付く。
麻美はちゃんと待っていてくれていて、私が下の段に足をかけるのを確認してから、一歩後ろを歩き出した。
‥NEXT‥
PR