「あっれー? おかしいなあ……」
着替えを終えて、帰る準備を始めた頃、赤間が声を上げた。
見ると、机の下を覗き込んだり周りを見回している。
何かを探しているようだ。
「どうしたの?」
赤間と仲の良い女子が訪ねると、赤間は濡れた前髪をかき上げて、困ったように眉をひそめた。
「家の鍵がないの。確かにここに入れたはずなんだけど……」
そう言って指したのは、ランドセルのポケット。
「落としたのかな?」
「目印とかないの?」
「目印……」
訊ねられて、赤間は暫し考える。
そして少しして、「あっ」と小さく声を漏らすと、人差し指と親指で小さな丸を作った。
「このくらいのキーホルダーが付いてた。カメのやつ」
「皆で探してみようか」
「さっきまであったから、教室の中にあると思うけど……」
赤間は呟いて、今度は机の中を覗きこんだ。
「どうした?」
小林は教室に入るとすぐに異変に気付き、しゃがみ込む赤間に話し掛けた。
「由香の鍵がないんだって」
「それは大変だ、皆で探そう」
先生の言葉を合図にして、クラス中が赤間のために動き出す。
赤間は一瞬安堵の表情を浮かべ、すぐに真剣な面持ちに戻って鍵探しを再開した。
「カメって、どんな色?」
「甲羅が黄緑で、顔と足が黄色だよ」
「他に何か付いてないの?」
「赤い小銭入れみたいなのが付いてるけど」
赤間は周りからの質問に答えながら、教室中を探し続けている。
私もあちこちを探してみたが、それらしい物は見付からない。
気が付けば他のクラスは帰りの会を終えていて、残っているのは私達だけになっていた。
「ないなあ……」
「どこ行ったんだろうね」
「そういえば……」
とうとう廊下や棚の中まで探し始めた時、希恵が小さく声を漏らした。
彼女はクラス中の視線を浴びて、居心地悪そうに下を向いている。
「さっき、体育前の休み時間に、あの……天満さんが一人で教室から出て来るのを見たの。
急いでるみたいだったけど……」
言い終えるより早く、今度は華月に視線が集まり、どよめきが沸き起こる。
「私は忘れ物を取りに来ただけよ」
「でも、天満さんが最後だったじゃない」
必死に弁解しようとするが、皆は何か嫌な物を見るような目を華月に向けている。
冗談じゃない。
「華月が犯人な訳ないじゃない!」
頭に血が上ったと思うと次の瞬間には、私は近くにあった机を思い切り叩き付けていた。
どよめきはピタリと止み、華月を含めた全員が目を丸くしている。
「だいたい、赤間さんの鍵なんか盗んで、華月に何の得があるって言うの?」
すると赤間のグループの一人が、強張った笑いを貼り付けて言った。
「や、誰も華月ちゃんが盗んだなんて、言ってないじゃん……」
「言ってるのと同じよ。そんな目で見て」
言い返す私に、彼女が凍り付く。
他の人達もびくりと肩を震わせ、教室はシンと静まり返った。
「……損得もだけど、華月にそういう時間はなかったと思う」
「そうよね、プールに着いたのも、私達のすぐ後だったし」
沈黙を破ったのは理奈だ。彼女が自分の考えを述べ、麻美がそれに賛同する。
「とにかく、華月はそういうこと絶対にやらないから」
私は華月の代わりに全部吐き出すと自分のランドセルを持ち、もう片方で華月の手を引っ張り出口へ向かった。
「どこへ行くんだ?」
「気分が悪いので帰ります」
引き止めようとする先生に振り返って答えると、私は華月を引きずって教室を後にした。
‥NEXT‥
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