帰りの会が終わると早々に、私は理奈と麻美、そして華月と一緒に学校を出た。
「時瀬さんと橘さんは、いつ頃星来と出会ったの?」
歩きながら、華月が理奈と麻美に訊ねる。
「そうだなあ……、あたしは幼稚園くらいだったかな」
「私は小学校に入ってからよ」
「じゃあ、結構長いんだね」
二人が答えると、華月は感心したように頷いた。
「ところで、その呼び方やめてくれる? 呼び捨てで良いから」
「あ、私も。麻美って呼んで」
ずっと気になっていたのだと、理奈が華月に求め、麻美もそれに便乗する。
「何で?」
華月が訊ねると、理奈は首筋を掻きながら唸り声を上げる。
「……何となく、友達じゃないような気がして嫌なんだ」
「ふーん?」
華月は解ったような解らないような微妙な相槌を打つと、「じゃあ」と人差し指を立てた。
「私も名前で呼んでよ」
「解った」
「了解」
まるで条件を付けるように話す華月に、理奈は当然だと頷く。
麻美は最初「華月ちゃん」と呼んでいたが、いつの間にか「華(はな)ちゃん」と勝手に略して呼んでいた。
「慣れるの早いわね」
「そうかな?」
「うん、早い早い」
正直、華月が二人と仲良くなれるか、少し不安だったのだ。
朝の段階で、普通に話していたから大丈夫だと思っていたが、今の会話を聞いていると、どうやら本当に仲良くなれそうだ。
「あ、私こっちだから」
少し大きな交差点に差し掛かったとき、麻美が道路の向こうを指差した。
丁度、反対側の信号が黄色に変わったところだ。
「気を付けてね」
「うん、皆も気を付けて」
信号が青に変わり、麻美は横断歩道を渡ると振り向いて大きく手を振った。
華月はそれに応えるように腕ごと、私と理奈は顔の横で小さく手を振り返す。
「また明日ねー!」
麻美は華月の声に応えて、もう一度手を振る。
そして、でこぼこしたタイルを器用に避けながら、家のある方に向かって足早に去って行った。
麻美の後姿が小さくなって角を曲り見えなくなる。
それを見届けてから、華月はようやく歩き出した。
私達は暫く無言のまま歩いていた。
そして、十階建てのマンションを過ぎた辺りで、華月が思い付いたように口を開く。
「ねえ、理奈の家はどこなの?」
「あたしはそこのマンションだよ。あれの奥の方」
そう言って、理奈はたった今通り過ぎた、二棟のマンションを指し示す。
「え、過ぎちゃったけど良いの?」
すると理奈は笑って頷くと、私の方をチラリと見遣った。
「姫を家まで送るのが、あたしの日課なんだ」
「ずっと前からこんな感じよ。いいって言ってるのに」
半ば諦めた笑みを浮かべて理奈を見る。
すると華月は目を丸くして、にやりと口の端を上げた。嫌な予感がする。
「へえ、名前だけお姫様じゃないんだ」
「ちょっとそれ、どういう意味?」
問いただそうとした時、公園へ続く十字路で華月が立ち止まった。
「星来怒らすと怖いから、私もう行くね」
「そっか、気ィ付けるんだよ」
「うん。理奈も、星来ヨロシクね」
華月はそれだけ言うと、逃げるように公園に駆け込んだ。
「コラー! 明日覚えてろよー!」
声が擦れるほど大声で叫んだが、空にこだまするだけで返事は返って来ない。
隣にいた筈の理奈はいつの間にか、家を一軒挟んだ向こうまで進んでいる。
「ちょ、ちょっと置いて行かないでよ」
「あたしだってお腹減ってるの」
「だからいつも、送らなくて良いって言ってるでしょ?」
しかし理奈は答えず、私は頬を膨らませて不満を顕にする。
それに対して理奈は、軽い溜め息の後に強い口調で言った。
「……あたしが勝手にやってる事だから、姫は黙ってて」
それから家に着くまで、理奈は一言も言葉を発せず、私も何も言わなかった。
‥NEXT‥
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