「姫ーっ!」
「星来ちゃん、華ちゃんっ」
「理奈、麻美」
校門を出た所で、理奈と麻美が私達に追い付いた。麻美は息を切らし、理奈も肩を大きく上下させて呼吸を整える。
「待ってって言ってるのに、止まらないんだから」
「嘘、気付かなかった」
無心に歩いていたから、遠くからの声が耳に入らなかったのだろう。私は頭を掻いて「ごめん」と呟くと、これまで引っ張っていた華月を見た。
「星来、歩くの速い……」
気付かなかったが、華月も何度か声をかけていたのかもしれない。彼女はその場にしゃがみこんでしまっている。
「……ごめん」
三人の様子を見て、私は思わず項垂れた。怒りに任せて、自分勝手な行動を取ってしまったような気がする。
「姫」
呼ばれて顔を上げると、理奈は面白そうに、麻美は心配そうな面持ちで、私を覗き込んでいた。
「明日から大変だよ」
「うん」
「いじめられるかも」
そんな事、分かっている。そしてそれは、
「あんた達もでしょ?」
私や華月だけでなく、さっき華月の弁護に回った二人も、いじめや疑いの対象になるかもしれない。
「そりゃあね」
「当然ね」
しかし二人は思ったより軽い声で言葉を返した。今更深刻になっている私とは反対に、微笑みすら浮かべている。
「何笑ってるのよ、笑ってる場合じゃ……」
「だって、始まったことを悔やんだって仕方ないじゃない」
私の言葉を遮って、麻美が言った。
「そうそう、ウジウジ悩むよりも、どうやって終わらせるか考えた方が得だと思うけど」
理奈も麻美の言葉に頷き、口の端を上げる。
「でも、私一人じゃ……」
理奈や麻美のように賢くない私に、そんな事考えられる訳がない。弱音を吐きそうになった私の唇に人差し指を立て、理奈が片目を瞑った。
「姫はいつも通り、委員長やってれば良いんだよ」
「委員長……」
そうだった。私はクラス委員長で、いつも転校生が学校やクラスに馴染む方法を率先して考えてきたし、それが私の役目だと思っていた。
今回私は、華月は自分の従姉妹だから、彼女が一人になるという心配はないと思って、とそれ程本気になって考えていなかった。しかし、華月の事を思うのであれば、今こそ私の出番ではないか。
「ごめんね華月。私、華月なら大丈夫だって勝手に安心して、委員長として何もしていなかったわ」
気付いてしまうと、謝らずにいられなかった。いつもなら、転校生が来たら必ず、クラスメイト全員と話させるのに、今回はそれすらしていなかったのだ。
私の周りだけという、ごく限られた世界で友達を作らせ、それで安心して他との関係など見えていなかった。まだ子供とはいえ、鈍感な自分が恥ずかしい。
しかし華月は、私を責める事はおろか、冗談半分で突っ込む事もせず、ただ首を振った。
「星来は悪くないよ、私の方から皆に話しかければ良かったの。皆から来るのを待っていたって、どうにもならないのにね」
そう言う華月は微笑んでいる。
「でも、赤間さんの鍵も見付からないし、このままじゃ良くないよね。どうにかしなきゃ……」
「あ、これは私が原因なんだから、自分でどうにかするわ。皆には迷惑かけられないもん」
麻美が顎に手を当て俯くと、華月は彼女の思考を妨げるように言った。しかしそれでは、私達の立場がない。三人の気持ちを代表して、理奈が発言する。
「それじゃあ困るんだな。さっきあんな事言っちまったからには、あたし達もただじゃ済まないと思うし」
ズバッと隠さず述べる理奈に、華月は眉をひそめて困った顔を作った。しかし何か言い返す前に、更に理奈は続ける。
「あたし達の事を考えるなら、もっと頼ってよ。迷惑なんて思わないからさ」
「でも……」
まだ何か言おうとする華月に、理奈が眉を吊り上げ人差し指を突き付けた。
「あたし達しか友達がいないくせに、遠慮なんかするんじゃないの。一人なんて、考えるほど気楽じゃないんだよ?」
急に突き付けられた指先に焦点を合わせたばかりに、寄り目がちになっている。
華月ははっとして、何度か瞬きした後、少し考える素振りを見せた。そして、
「……それじゃあ、少し手伝ってもらおうかな」
照れたように首に手をやりながら、口元で微笑んだ。
「よし、来た」
「まかせて」
理奈と麻美が自信満々に頷く。
「心強いね」
「本当に」
華月が嬉しそうに笑う。
私はこの笑顔を、明日も明後日も見られるよう、願わずにいられなかった。
‥NEXT‥
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