教室に入ると、クラス中の視線が私達に集められた。
「……おはよう」
一応声をかけてみるが、やはり返事はない。代わりに、顔を見合わせてヒソヒソ話をする姿が目立つ。
私は軽く溜息を吐くと、自分の机にランドセルを降ろした。
こうなる事を予想していたとはいえ、いざ本当に自分の身に降りかかると、少し悲しい。
「……ん?」
何となく沈んだ気分で華月に目をやると、彼女は手元を見たまま固まっている。
「どうかした?」
「……コレ」
今にも泣き出しそうな唇から、やっとの事で絞り出された声は、僅かに震えている。
私は、華月に差し出された小さな紙切れを見て、彼女と同様固まった。それと同時に、怒りやら悲しみやらが入り混じった、訳の分からないものが込み上げてくる。
“ドロボウは死ね”
小さな紙に汚い字で書かれていた、たった一言。これが華月と私に強い衝撃を与えた。
私は堪えきれず立ち上がろうとしたが、華月がそれを制した。
「だめ、今はだめ」
「何言ってるの、こんな卑怯なことされて、悔しくないの?」
しかし華月は、目に涙をいっぱい溜めて首を振る。
「悔しいけど、でもだめだよ。
今、星来が何か言っても、皆絶対に分かってくれない。逆に面白がるだけだよ……」
言葉のあちこちが涙で滲む。真剣な眼差しに、私は返す言葉が見付からない。
仕方なく座り直すと、どこからかクスクス笑う声が聞こえた。そちらを見ると、数人の女子が集まってこちらを見ていた。
「何だ、結局言い返せないんだ」
「つまんないのー」
聞いてみると、私達をバカにしているようにしか感じなくて、私は思わず唇を噛み締めた。
多分、私を引き止めている華月の手がなければ、すぐにでも彼女達にかかっていく事だろう。
しかし華月は、ひたすら私の手を掴んで首を振り続ける。
「挑発に乗っちゃだめ、エスカレートするよ」
そう言う華月も、涙を堪えるように震えている。
悔しい。こんな時に、華月一人守れない自分に腹が立つ。
私は自分を抑え、戒めるように手を握り締めた。気が付けば、伸びかけた爪が掌に突き刺さる痛みしか感じなくなっていた。
‥NEXT‥
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