小林先生の姿が見えなくなってから、私は両手を思い切り振り上げた。
「やったー!」
「何が?」
またも突然声をかけられ、振り返る。そこでは理奈が、青い表紙のリングノートを肩に預けて立っていた。
「理奈、終わったの?」
「まあね。それより、今の小林先生だよね?」
「見てたの?」
私の問いに、理奈は無表情で「見えただけ」と答えた。それから一呼吸置いてから、少しだけ低い位置にある私の目をちらりと見た。
「何かくれた?」
「うん、すごいの」
「ふーん」
私はやや興奮して答えたが、理奈は相槌を打っただけで、感動のかの字もない。
「訊いておいて、それはないんじゃない?」
睨み上げてみるが、理奈は怯む様子もない。それどころか、笑みすら浮かべて私を見下ろしている。
「多分それ、あたしも知ってると思う」
理奈は言いながら、持っていたノートを開いて私に見せた。
「何よそれ……あ」
私は文句を言いながら、開かれたページに目をやる。その瞬間、私は次の言葉を忘れてしまっていた。
「……何で?」
ノートに書かれていたのは、人の名前。しかも私はその名前に覚えがあった。
理奈は勝ち誇ったように笑った後、軽い音を立ててノートを閉じた。
「やっぱりね……」
そして更に何か言おうとした時だ。
「あーあ、先超されちゃった」
「本当ー」
理奈を挟んだ向こうに、二人分の細い足が現れた。
「華月、麻美」
「ただいま」
二人は同じような笑顔を湛えて、揃って手を振っている。
「お帰り。その顔は、収穫があったのね」
「勿論よ」
華月はそう言って、持っていたメモ帳を開いて、私に見せた。
「二人共、この人の話をしてたんでしょ?」
私と理奈の返事を待たずに、華月はメモ帳を閉じる。
「今ね、斎藤君に会って来たの」
そして華月と麻美は寄り添うように並び、悪戯を企む小さな子供のように笑った。
「決定的なお話」
「聞いて来ちゃった」
いつもなら和むしかない二人の笑顔。けれども今この状況下では、その笑顔がどこか不気味に見えてしまった。
‥NEXT‥
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