「何の、用?」
彼女の第一声は、これだった。理奈が、「そんな事、あんたの方が知ってるんじゃないの?」と冷たく言い放てば、相手は怯えたように肩を竦めた。
放課後の教室で、机の合間に蹲っていたのは斎藤希恵だった。赤間の鍵が消えたあの日、「華月を見た」と発言した本人だ。
「こんな時間に、こんな所で何をしているの?」
怯えた様子の希恵に、麻美が優しい口調で訊ねた。しかし希恵は答えず、代わりに怯えたような目を麻美に向ける。
「まあ、答えなくても分かってるけどね」
言いながら、理奈はズボンのポケットを探った。そして中から、銀色に光る物がぶら下がった、赤い小銭入れを引っ張り出した。
「それっ!」
それを見た瞬間、これまでだんまりを決め込んでいた希恵が声を上げた。そして、手を伸ばして小銭入れを奪い取ろうともした。
「見覚えがあるようだね」
「どうして、あなたがそれを持ってるの? 返して!」
「ダーメ。そもそも、あんたの物じゃないし。姫、パス」
希恵の手が届く寸前で、理奈は持っていた小銭入れを私に向かって放り投げた。受け止めて見てみると、光っていたのは家の鍵で、赤い小銭入れにはY.Aと刺繍されている。
「これ、赤間さんの……?」
Yは由香、Aは赤間の頭文字だ。どうしてこれを、理奈が持っていたのだろう。不思議に思って理奈の横顔を見ると、彼女は私とは反対の場所にいる華月と麻美に目をやった。
「私が、理奈に渡したのよ」
華月は言うと、少し目を泳がせた。それから少しの間を置いて、希恵の顔を窺いながら再び口を開く。
「実はこれ、斎藤君――あなたのお兄さんから受け取った物なの」
「え?」
素っ頓狂な声を発したのは、私だ。華月は私に苦笑を投げかけて、次いで希恵に目を戻した。
希恵は驚いたように目を丸くして、じっと華月を見詰めている。
「お兄ちゃんが?」
暫く呆然としていた希恵が、ようやく言葉を発した。
「赤間さんが言っていたキーホルダーって、元々は斎藤さんの物だったんでしょう? お祖母さんが買ってくれた物だって」
「そんな事まで……」
驚いたような、呆れたような複雑な表情で希恵は呟いた。
「……そっか、喋っちゃったんだ」
溜息と共に、希恵はそう吐き出した。
「絶対に喋らないでって、言ったのになあ」
次いで、軽く眉を寄せて小さく唸る。
「それじゃあ、やっぱり」
「……うん、私が赤間さんの鍵を盗ったの」
この瞬間、華月の無実と、私達の勝利が確定した。
‥NEXT‥
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