第一話
-気になる事-
水曜日の放課後、華月はいつも慌しい。
「なーに急いでんの?」
「今から練習なの」
理奈に訊ねられ、華月は片付ける手を止めずに答えた。
「剣道だっけ?」
「そう」
なおも話し掛けてくる理奈に、華月は短く答える。そして持ち物を確認すると、ランドセルを背負って手を挙げた。
「じゃ、お先に失礼!」
「あっ」
理奈に応える暇も与えず、華月は教室を飛び出した。残された理奈は、何となく面白くなくて腕組みする。
「毎週毎週、何なのさ」
華月は転校してきたばかりの頃から、他校の剣道部に所属している。
それは星来から聞いた話で、本人から聞いた事はほどんどない。活動日の翌日に、「昨日はこんな事があった」という報告を受けた事もないのだ。
理奈はそれが、少し寂しいと感じる事がよくあった。
こちらから「どうだった?」と訊けば良いのだが、翌日になると忘れてしまって、いつもタイミングを逃してしまうのだ。
だけど、何も話してくれない華月も悪いのだ。
楽しかったとか、どういう人がいるとか、それくらい話してくれても良いではないか。そう思ってしまうのは、理奈の我儘なのだろうか。
「どうしたの?」
「姫」
帰宅の用意を終えた星来が、後ろから覗き込む。理奈は、落ちつかない胸を抑えるように息を吐き、腕を組み直した。
「華月さ、剣道部の事――友達の事とか、何があったとかも話してくれないよね」
「そういえば、そうねえ」
今気付いたような言い振りだ。おそらく、気にした事などないのだろう。
「気にならないの?」
「今気になってきた」
本当に、“今”らしい。さっきまで穏やかだった星来の表情が、だんだん苛々したものに変わっていく。
「そうよ、どうして話してくれないのかしら。私なんて従姉妹よ? 超仲良しなのよ? それなのに、まともに話してくれた事なんてほとんどないじゃない!」
星来は拳まで作って、憤りを顕にする。
「あー、何だかムカつく」
「姫、ガラ悪いよ」
頭を掻き毟り、言葉の端々が尖り始める。
放っておけばその内、人や物に当たり始めるだろう。早い内に止めた方が良さそうだ。
「お待たせー」
そこへ、清掃を終えた麻美がやって来た。瞬時に星来の目が光り、彼女を捉える。
「遅いっ!」
「ひっ、あ、ごめんなさい!」
突然怒鳴られて、麻美が飛び上がる。
「麻美は謝らなくて良い。姫は、麻美に当たらない事」
理奈は星来の肩を叩き、彼女を正気に戻そうと試みる。それを見て、麻美もようやく状況を理解できたようだ。
「ご機嫌斜めね、何かあったの?」
「斜めどころか、真っ逆さまよ」
「ゴメン、あたしのせい」
どうして、人の話からこんなに不機嫌になれるのだろう。半ば感心しつつ、理奈は原因を作った自分を指差した。
「そうよ、元はと言えば……」
「あーもう、分かったから落ち着いて!」
理奈の声にも構わず、星来は一人語り始めた。これは、落ち着くまで時間がかかりそうだ。
覚悟すると共に、理奈は溜息を吐いた。
(あんな質問、しなければ良かった……)
後悔する理奈に、星来は後の祭りと言わんばかりに語り続けた。
‥NEXT‥