第十七話
-居場所-
「でも、どうしてこんな事を?」
華月が希恵に訊ねる。すると彼女は少し躊躇って、遠慮がちに華月を伺いながら話し始めた。
「私、前から赤間さんのことが苦手だったの。強気で、うるさくて……何か、合わないなって感じてたわ」
それは、私も何となく知っていた。頷く私を気にしながら、希恵は更に話を続ける。
「そしたらこの間、私が鞄に付けてたキーホルダーを見て、欲しいって言ったの。当然、私は嫌だって言ったんだけど、それから何度も、ちょうだいってうるさかったわ」
そこで一度言葉を止めて、息継ぎをしながら考える素振りを見せた。
「でもね」
考えがまとまったのか、希恵は再び話し出す。
「急に、何も言ってこなくなったの。私、諦めたんだと思ってすっかり安心して……。でも見たら、鞄に付けてたはずのキーホルダーがなくなってて、探しても見つからなくて、どうしようって思ったら」
そこでまた、言葉を切った。その表情は、怒りにも似た感情を孕んでいるように見える。
「赤間さんが友達と話してたの。『そのキーホルダー、可愛いね』『希恵に貰ったんだ』……って。
私は勿論、すぐに返して欲しいって頼んだわ。でも、『もう私の物だから返せない』って言われて……」
眉間に皺を寄せ、両手をきつく握って話す姿は、そのとき受けたショックの深さを物語る。
「私、どうしても許せなかった。あんな事――人の物を勝手に盗ったりして、許される訳がないって思って」
「それで、仕返し?」
華月が訊ねると、希恵はコクンと頷いた。
「巻き込んじゃってごめんね。でも、他の子だと、嘘だって事がすぐにばれると思ったの。だから、まだ友達が少ない天満さんを選んだんだけど……結局ばれちゃったね」
苦笑する彼女を、華月が覗き込んだ。
「ねえ、私を犯人にしようとした理由って、もう一つあるんじゃないの?」
「え?」
思わず訊き返した希恵の顔を、華月はまじまじと見詰める。
希恵は暫く目を丸くしていたが、ようやく落ち着いたのか溜息を吐いた。
「……うん、あのね」
希恵は華月から視線をずらして、微かに眉をひそめる。
「私、転校生なんか来て欲しくなかったの。
一人がクラスに馴染んでいくと、私だけ取り残されたみたいで……」
取り残された者は、どのグループに属す事も出来ず、学校にいる間を一人で過ごすのだ。
そしてそういう余りものは、邪魔者として、知らず知らずの内に除け者にされ、気が付けばいじめの対象になっている。
それが、希恵だったのだ。
「怖かったの。私の居場所がなくなっちゃう気がして、すごく……不安だったの」
震える声が、その胸に居座る恐怖の深さを物語る。
華月が犯人だと言ったのは、その場しのぎのためだけではない。
少しでも自分の居場所を確保したい、その思いが紡いだ言葉だったのだ。
“誰か、私に気付いて。私はここにいるよ。私を消さないで。”
例えそれが悪いことだと分かっていても、自分の存在を誇示しなければ、消えてしまいそうなくらい寂しかった。
そしてその罪を華月になすりつけようとしたのは、自分を負の記憶に残して欲しくない余りに取ってしまった行動。
胸が詰まる思いがした。星来が華月と同じクラスになれて“幸せ”と感じているその裏で、華月がやって来たことによって、自分の居場所に不安を覚えている人がいるなんて、考えたこともなかった。
気が付けば、私は俯く希恵の前にしゃがみ込み、顔を覆う希恵の背中に自分の手を添えていた。
‥NEXT‥