この日の用事を済ませ、ジンは大通りから外れた路地を歩いていた。
日が傾き始めたこの時間は、夕飯の買出しに来た人も大勢いて、商店街は身動きができないほど込み合うことがある。
それを避けるべく、一本外れた細い道を歩いているのだが、ここまで来ると、表の喧騒などほとんど感じる事はない。
大通りに比べると、人通りは全くないといって良いほど少ない。たまに、買い物帰りの人や、遊び終えた子供とすれ違うくらいで、至って静かなものだ。
たまには一人で歩くのも良いかもしれない。だが、隣にあの少女がいたなら、もっと良いに決まっている。
心なしか寂しい右隣をチラリと見、彼は軽く息を吐いた。
知らず知らずの内に、少女が彼の心を占める割合が大きくなっている。それも、気付く度にどんどん大きくなっている。
このまま行けば、自分は彼女の事しか考えられなくなるのではないか。期待にも似た不安に、溜息を吐いた。
「馬鹿みたいだ」
恋は盲目とよく言うが、人を好きになると本当に、周りの事など目に入らなくなってしまう。
こんな馬鹿みたいな考えをするのも、恐らく恋故の事。
自分がこんな風になるなんて……。
何となく可笑しくて、思わず顔がにやけてしまう。
「何か良い事でもあったのかしら?」
聞き覚えのある声。
ジンが声のする方を向くと、今まで思考の大半を占めていた少女が、そこに立っていた。
その隣を見れば、こちらも見覚えのある茶髪の少女が、少し驚いた様子でこちらを見ている。
「リラ、それにアンナまで」
「こんな所でお会いできるとは、思いもしませんでした」
アンナは相変わらずの丁寧な口調で、今の驚きを言葉にする。
一方リラは、一歩二歩と歩みを進め、頭一つ以上高い位置にある彼の顔を覗き込んだ。
とくん、と心臓が高鳴る。
「一人でにやにやしちゃって、何か怪しい」
「見てたの?」
思わず口元を覆うと、リラはにっこりとして頷いた。
「ええ、見ていたわ」
「いつから?」
「『馬鹿みたいだ』の辺りからよ。……何が馬鹿みたいなの?」
あの独り言も聞かれていたのか。
急に恥ずかしくなって、ジンは口元を抑えた手で目元まで隠した。
「……別に、単なる独り言だよ」
「あら、そうかしら?」
明らかに、ジンの反応を楽しんでいる。
そんなリラを恨めしく思いつつも、アンナがいる手前、変な仕返しも出来ない。
「……ところで、アンナが一緒にいるなんて珍しいね」
あまり回らない頭で思い付いたのは、話を逸らす事くらいだった。
これがもし二人きりだったなら、出来る事はもっとあったのに。
「さっき、うちの店に来たのよ。丁度私も帰る所だったから、一緒にお茶して来たの」
「へえ……」
相槌を打ちながら、ジンはアンナを見る。その瞬間、アンナは少し気まずそうに、ジンから視線をずらした。
「……アンナ、リラが迷惑をかけませんでしたか?」
「まあ、酷い! 迷惑なんかかけていないわよ」
ジンがアンナに訊ねると、リラは頬を膨らませる。
子供のような反応を見せるリラを横目で見ながら、アンナは口元に微笑みを浮かべて頷いた。
「迷惑など決して……とても、楽しかったですわ」
「そうですか」
にっこりとする彼女を見て、彼は少し安堵した。
「ああ、でも」
しかし、思い出したように人差し指を立てたアンナに、リラが反応した。何かあったのだろうか。
「あ、アンナさん? もしかして……」
「うふふ、そうですね、あのお話もしなくては」
あまり顔色の良くないリラに、アンナはそれは面白そうに笑いかける。
アンナがこんな顔をする所を、ジンはこれまで見たことがない。
初めてのことに驚きながら、彼は二人に問い掛けた。
「何かあったの?」
「王子にも見せたかったですわ。さっきのリラさん」
「見せなくて結構です!」
明らかに楽しんでいる。
小型犬のように吠えるリラの反応を、アンナは明らかに楽しんでいる。
その様子が楽しくて、ジンは敢えて口を挟まずに見ていた。
二人が初めて顔を合わせた時、アンナは決してリラの前で笑おうとしなかった。
しかし、今はどうだろう。
その笑みは、間違いなくリラへ向けられているではないか。
その事が嬉しくて、ジンは思わず笑ってしまった。それを見付けたリラが、ムッとした様子で彼を睨み付ける。
「何笑ってるのよ?」
「良いコンビだなぁと思って」
「え?」と声を上げたのはアンナだ。
彼女達は驚いた顔を見合わせ、それからジンに目を戻す。
「アンナのそういう顔は初めて見るよ。いつの間にそんなに仲良くなったの?」
彼の問いかけを受けて、彼女達はもう一度顔を見合わせる。そしてまたジンを見ると、同じタイミングで首を傾げた。
「仲良く」
「見えますか?」
一つの台詞を半分ずつ言う二人を見て、「仲が悪い」と言う人がいるだろうか。
そんな考えが頭を過ぎり、ジンはますます嬉しくなり、笑みを濃くした。
「見えるよ。見ているこっちが嬉しくなるくらいに」
ジンが言うと、リラとアンナは複雑そうに視線を合わせた。そして、暫くそうしている内に、リラが微笑んだ。
「そう見えるのなら、嬉しいわ」
彼女の言葉に、アンナは少しの間、どう対応して良いか迷っているようだった。
だが、すぐに口元を綻ばせ、リラに笑顔を向けた。
「私もです」
この瞬間が、ジンはとても嬉しかった。
‥NEXT‥
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