「リラさん」
窓から顔を覗かせたリラに、アンナが声をかける。
するとリラは目を丸くして驚き、窓の縁に手をかけて身を乗り出した。
「アンナさん、どうしたんですか? 私、今日はお休みなのに……」
「それは王子から聞いて知っています。ねえ、リラさん、今日これからお時間あります?」
「ええ、たっぷりと」
アンナの質問に、リラは不思議そうな顔をして頷いた。
「それでは、今から一緒に遊びませんか? この間の喫茶店、王子にも教えて差し上げたいんです」
そう言って隣を指すと、生垣に隠れていたジンが顔を覗かせて、リラに向かって手を上げた。
「分かりました、ちょっと待ってて下さいね!」
言い終えると同時に、リラは開けていた窓を閉めて、部屋の奥に引っ込んだ。
それからしばらくして、アンナ達の正面にあるドアが開いて、中からリラが現れた。
ピンクを基調とした服に白い帽子を被り、手には小さなハンドバッグを下げている。
「それでは、行きましょうか」
リラが帽子に手を添えて微笑むと、ジンが微かに顔を赤らめる。
アンナは彼に気付かれないように口の端を上げると、リラの隣に駆け寄って腕を絡ませた。
「ええ、行きましょう」
「なっ!」
アンナの行動に、リラはほんの少し、そしてジンは盛大に驚いた。
「どうなさいました? 王子」
「そ、その手は……」
ジンの戸惑いに気付かぬふりをして訊ねれば、彼は震える手でリラの腕に絡めているアンナの手を指した。
「ああ、これですか? 親睦を深めているのですが……何か問題でも?」
アンナが訊き返すと、ジンは複雑そうな顔で「いや、別に……」と答えた。
別にと言っておきながら、その表情にはあまり余裕が感じられない。
「そうですか、それでは早く参りましょう」
しかしそれには気付かないふりをして、アンナはリラと腕を組んだまま歩き出した。
並んで歩く彼女達の後ろを、ジンが追いかけて来る。
「アンナさん、楽しんでませんか?」
前を向いていながら、しっかり後ろを気にしているアンナに、リラが小声で訊ねた。
「分かりますか?」
少し驚いたアンナに、リラは頷いて後ろを振り向いた。
ジンは、リラと目が合うと居心地悪そうに苦笑する。
リラは彼に微笑みを返すと、アンナに目を戻して、にぃっと歯を見せた。
「私も楽しいの」
笑うと、彼女はアンナの手を引いて歩き出した。
ジンも歩く速度を少し速めて、リラの隣に並ぶ。
「何が楽しいって?」
「秘密」
口の前に人差し指を立てて片目を瞑れば、ジンはそれ以上何も言えなくなる。
それからジンは前髪を掻き揚げて、少し考える素振りを見せた後、再びリラに目をやった。
「何かさ、二人共俺をいじめて楽しんでない?」
アンナとリラを交互に見ながら訊ねられ、彼女等は一瞬顔を見合わせると、揃って舌を出した。
「あ、ばれた?」
「…………」
いよいよジンは何も言わなくなった。
反応に困っているのか、呆れているのか……はたまた、落ち込んでしまったのか。
「何よ、黙る事ないでしょ?」
「王子って、意外と繊細なんですね」
それぞれがそれぞれの感想を言えば、ジンの表情はますます沈んでいく。
ああ、落ち込んでいるなとその時ようやく理解できた。
しかし、だからと言って何をすれば良いのか分からないので、ただ見守っていると、その内息を吐き出して恨めしそうな目でこちらを見てきたので、アンナは少し肩を強張らせた。
「ごめん、接し方が分からない」
「何よそれ」
「知らないの? 今、巷で流行ってるんだよ」
「知らないわ。一体どこの情報なのよ?」
「どこって、そりゃあ……」
「まあまあ、お二人共」
痴話喧嘩を始めそうだったので、アンナは二人を適当にたしなめ、店と店の間にひっそりと存在している道の入口を指した。以前、アンナがリラと二人で通った道だ。
「もうすぐですから、まずはお店に行きましょうよ」
すると二人は言い合いを止めて、アンナの指差す先を見た。
「そうね、外は暑いし、そうしましょう」
「賛成」
リラがあっさ同意すれば、ジンも手を挙げて賛成した。
喫茶店に向かう途中、アンナはあれこれと考えていた。
次はどうやって、ジンをからかおうか、とか。
店に着いたら何の話をしようか、とか。
そして、今日こそリラに、さんなしで呼んでもらおう、とか。
どれも、考えるだけで胸が膨らむ事ばかりで、アンナは少し口を緩ませた。
「さあ、着きましたよ」
リラの声が聞こえて、アンナは顔を上げた。
そこにはあの、黒いドアと低い看板がある。
「王子、ここではリラさんのお友達が働いていらっしゃるんですよ」
「へえ、それは楽しみだね」
にこやかに言うジンに、アンナは密かに口の端を上げる。
きっとこの後、彼の心配事がいくつか増えるのだろう。
そう思うと、顔がにやけるのを抑えるのは難しい。
歪む口元を隠しながら、アンナはジンに目をやった。
「頑張って下さいね」
「うん?」
何を応援されているのか分からないジンは、疑問符を頭上にいくつも浮かべながら頷いた。
最近気付いた事。
それは、『ジン王子はヤキモチ妬きらしい』という事。
ジン自身自覚していないようだが、友達に昇格して彼と接する機会の多くなったアンナは、すぐにその事に気付いた。
リラの話になると、ジンはいつも「八百屋の常連客に若い男がいる」だの「何とかと言う男は、リラの事が好きらしい」とかそう言う心配事ばかり言うのだ。
それなら、この店で働いている、若い男性店員に対しては?
勿論、疑い出すに決まっている。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、ソウちゃん」
「何だ、またお前か」
店に入ると同時に交わされた慣れたやり取りに、ジンの表情が引き攣る。
その反応に、アンナが堪えきれずに噴出すと、ジンは彼女を恨めしそうに睨んできた。
「アンナ、知っていたね?」
「ええ、前に一度来ていますから」
にっこりと笑顔と共に返すと、ジンは盛大に溜息を吐いて、リラと“ソウちゃん”に目をやった。
何かとっても嵐の予感がするけれど、それはきっとジンとリラだけで完結してしまうだろうから、アンナはとりあえず、今は気にしない事にした。
自分にとばっちりが来ない事を祈りながら……。
・・END‥
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