「眩しいっ」
会計を済ませて外へ出ると、リラが悲鳴のような声を上げた。
時間帯は夕方で、そろそろ暗くなってくる頃だが、それにしても明るく感じてしまう。
「慣れてくると気にならないけど、やっぱり暗いんですね」
閉まったばかりのドアを振り返って、リラがアンナに話し掛けた。
アンナは「そうですね」と適当に返しながら、前方に現れる人の波に目をやった。
この時間は夕飯の買出しに来る人もいるから、人の込み具合が半端ではない。
リラとはまだ別れるつもりはないから、はぐれないように気を付けなければ。
「ア、アンナさーん」
そう思った矢先、少し離れた所からアンナを呼ぶ声が聞こえて来た。
見てみると、人込みの中から細い手が上に向かって伸びている。
おそらく、アンナを追い抜いて人波に飛び込んだは良いものの、そのまま動けなくなってしまったらしい。
「リラさん?」
アンナは急いで、力無く上げられた手を掴んで引き寄せた。
手の主はやはりリラで、元いた路地へ引っ張って来ると、彼女は服が汚れるのもお構いなしで、その場にへたり込んだ。
「はぁー、吃驚したぁ」
「驚いたのはこっちですよ。はぐれてはいけないと思っていたら……これなんですから」
見下ろした先のリラといったら、髪は乱れてボサボサ、服も肩がずり下がっていて、人に揉まれたのが丸分かりだ。
アンナは腰に手を当てて、身形を整えているリラを見ていた。
絡まった髪を解いて、ずれた肩を元通りに戻すと立ち上がり、膝に付いた砂を払い落とす。
「変なとこないですか?」
「……はい」
一通り見て答えると、リラはくるりと回って、自分で確認をする。
本当はスカートに皺が残っているが、気になる程でもないので黙っておいた。
「それにしても、すごい人ですね」
「本当に。……ここにもう一度入って行きたくないな」
一度酷い目に会っているせいか、リラは拒否するように首を振った。
そんな事を言っても、ここを抜けないと彼女も家に帰れないだろうに。
「そうだ!」
アンナが半分他人事のように考えていると突然、リラは思い付いたように手を叩いた。
「あっちに行ってみましょう」
そう言って指差したのは、人込みとは反対方向の、寂しい路地。
暗くなってくるこの時間帯に、人気のない道は歩きたくない。アンナが眉をひそめると、嫌がっている彼女に気付いたのか、リラは説明を付け加えた。
「向こうに、商店街の外れに出る抜け道があるんです。そっちだったら人も少ないから、もみくちゃにされる事はないと思います」
私みたいに、とリラは顎に人差し指を立てた。
なるほど。アンナだって、さっきのリラのようにはなりたくはない。
絵に描いたようなくたびれかたをしたリラを思い出し、込み上げてくる笑いを必死で抑えながら、アンナは頷いた。
「そうですね、さっきのリラさんのようにならずに済むのなら、遠回りした方が良いですね」
いよいよ堪えきれなくなって、言葉の端が震えてくる。
「ああっ、笑わないで下さいよ!」
「だって、さっきのリラさん……本当にボロボロだったんですもの」
最後の方は言葉にならず、笑いによって掻き消された。
目の前で笑われたリラは、面白くなさそうに頬を膨らませている。しかし、その表情ですら、アンナをますます笑わせる事に繋がってしまう。
「もう、アンナさん!」
「ふふ、ごめんなさい」
そんなリラに向けて謝ると、アンナは涙が滲んだ目元を拭い、まだ笑いたがっている腹を必死に抑えて呟いた。
「あの方への手土産ができました」
「え?」
唐突な言葉に、リラが首を傾げた。しかし、アンナはそれに構わず、静かな路地に爪先を向けた。
「さあ、行きましょう。暗くなってしまいますよ」
「は、はい!」
先を歩き出したアンナを、リラが追いかける。
リラの影が横に並んでも、アンナは口元が綻ぶのを止める事ができなかった。
‥NEXT‥
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