第九話
-友達なのに、友達だから-
その後、理奈達は一旦家に戻って、午後五時にもう一度天野家に集まった。
星来の父親である和也が、理奈達の企みを察しての事だろう。もしかしたら、星来が事情を話していたのかもしれない。
「ねえ、話ってなあに?」
華月の親達が別室に移動したのを見計らって、彼女は早速訊ねた。それぞれの顔を交互に見て、何かを期待しているようだ。
目を輝かせて答えを待っている華月に、理奈は思わず口をつぐんだ。
今の彼女に、「あんたが悪い」と言っても大丈夫だろうか。両隣に座った星来と麻美も、気まずそうに俯いている。
その様子を見て、華月も何か感じたようだ。不安そうに眉をひそめ、こちらを覗き込む。
「私、何かした?」
この、切なそうな声。そんな目で見られたら、余計に躊躇ってしまうではないか。
どのように言えば、誤解を与えずに済むだろうか。考える理奈の左隣で、息を吸う音が聞こえた。
「違うの。華ちゃんは何もしてないよ」
「それなら、どうしてそんな顔をしてるの?」
膝の前に手を着いて、華月が身を乗り出す。その表情は、真剣そのものだ。
「華月は何もしてないよ、それは本当。だけど、」
理奈はそこで言葉を切り、揺れる瞳を見詰めた。今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。これ以上隠すのは、あまりに可愛そうだ。
理奈は意を決し、膝上に置いた手をぎゅっと握り締める。
「自分の事、まともに話してくれた事なんて一度もないから」
最初の内は、少し気になる程度だった。それがいつの間にか不満に変わり、イライラに繋がっていた。
校内の噂や、昨日見たテレビ番組の話はよくする。だけどそれが自分の事、特に校外の交友関係については何も話してくれない。
訊けば答えてくれるものの、自分から話してくれる事はほとんどないのだ。
「友達なのに、あたしは華月の事ほとんど知らない。姫から聞いた事はあるけど、そんなんじゃ足りないよ」
もっと自分から、色々な事を話して欲しい。人伝に聞くのではなく、華月の口から直接聞きたいのだ。
溜まっていたものを全て吐き出して、理奈は俯いた。
華月はどう思っただろうか。そんな事と、笑うだろうか。言葉を選ばずに話したから、傷付けてしまったかもしれない。
そのような事を考えている内に、理奈は自身の拳を見詰めたまま動けなくなってしまった。
顔を上げるのが怖い。華月と目を合わせた時、どう反応されるだろうか。
華月が息を吸い上げる。どんな言葉が来ても良いように、理奈は拳により力を込め耐える準備をした。
「……うん」
しかし、理奈の覚悟とは反対に、振ってきた声は穏やかなもの。理奈が思わず顔を上げると、華月は静かに目を伏せていた。
「うん、分かった」
華月は頷き、眉を寄せて微笑んだ。
「知らない事を話されてもつまらないと思ったけど、そうじゃないんだね」
反省の溜息を吐き、華月は理奈達を見回す。星来と麻美は、意外そうに目を丸くしている。
「これからはちゃんと話すから」
そう言って、華月の指が理奈の頬を抓んだ。
「だから、そんな泣きそうな顔しないで」
「痛い痛いっ」
慌てて華月の手を振り払い、睨み付ける。すると彼女はクスリと笑い、満足気に頷いた。
「うん、やっぱり理奈はこうでなきゃ」
「なーに言ってんのっ!」
理奈が仕返そうと手を伸ばした時だ。
「話とやらは終わったのか?」
襖が開き、華月の父親である裕也が顔を覗かせた。手には刺身の大皿が乗っている。
「わあ、美味しそう!」
「こっちもできたわよ」
別の入口から、星来と華月の母親達も料理を持って入って来た。その後も続々と、美味しそうな料理が食卓に並ぶ。
そして全てが出揃うと、裕也がビールの入ったグラスを持ち上げる。
「それでは、今日の出会いを祝して乾杯」
「かんぱーい!」
明るい声と共に、グラスがぶつかる透明な音が鳴り響いた。
‥NEXT‥