出発してから二十分足らずで、目的の体育館に到着した。
二十年前に建てられたと言うが、きちんと整備されていて、古いなりに綺麗に保たれている。
建物の中に入ると、壁や床に細かいひびが見付かった。それらを補修した痕もある。二十年も使っていると、さすがに無傷とはいかないようだ。
「キョロキョロしないの」
落ち着きなく辺りを見回す理奈に、星来が呆れた声をかけ、次いで、廊下の突き当たりを指差した。
「華月はあそこにいるはずよ。私達は上に行きましょう」
観音開きの扉から、目の前に伸びる階段に指を向けた。二階はギャラリーになっているようだ。
階段を上り、開け放たれた扉から中を覗きこむ。
最上段には車椅子専用席が等間隔で並べられており、その下から、普通の座席が続いているようだ。
「一番前に行こう」
「うん」
「ちょっと待った」
階段を降りようとする、星来と麻美を捕まえて引き戻す。二人は不思議そうに、そして不満そうに理奈を見返した。
「前はまずいよ。少しは考えて」
座席は擂鉢状になっていて、どこの席にいても体育館を隅々まで見渡せる。逆に言えば、体育館からもこちらが丸見えと言う事だ。
だから、本当に見つけられたくないのなら、少しでも身を隠せる場所を選ばなければならない。
「じゃあ、あそこら辺とか?」
そう言って、麻美が指差したのは、一番端の車椅子席。滅多に使わないのか、ロープやらカラーポーンが置かれ、物置にされている。
実際に立ってみると遠くて若干見難いが、その分下からも見え辛いだろう。
「ちょっと狭くない?」
「仕方ないよ、こんなに物があるんだから」
答えつつ、除けられそうな物を移動させて、四人分のスペースを作った。
「おじさん、どうぞ」
「ありがとう」
理奈が勧めると、星来の父親はその場に立った。しかし落ち着かない様子で体育館を見回している。何かを探しているようだ。
「どうしたの?」
星来が訊ねると、父親は一声唸って首を捻った。
「兄貴が来ているはずなんだけど……」
「裕也伯父さんが?」
星来も一緒に探すが、見付からないようだ。揃って眉を寄せ、首を傾げる。
「ねえ、それって誰?」
「華月のお父さんよ。お父さんのお兄さんなの」
「へえー」
相槌を打ち、理奈と麻美も階下を見た。しかし、それらしい人物は見当らない。
「ちょっと探して来る。三人はここにいるように」
「あっ、華月に見付からないでよ?」
星来の忠告に、父親は手を振って応え、そのままギャラリーを抜け出した。
「もう、本当に分かってるのかしら」
「あ、華ちゃんだ」
麻美が指した先には、面を着ける前の華月。同年代の女子と、楽しそうに会話している。
「試合とかやるのかなあ?」
「あんまり乗り出すと危ないよ」
手すりから身を乗り出す麻美を星来が突付く。麻美は照れたように笑い、華月に目を戻した。
「だって、こういう所で華ちゃんを見るのって、何だか新鮮なんだもん」
緩む口元を押えるが、目元が笑っているからあまり効果がない。
「……確かに」
「そうよね」
うずうずと身体を震わせる麻美に、あてられたのかもしれない。理奈と星来まで顔を綻ばせ、談笑を楽しむ華月を覗き込んだ。
「華月の知らない面が見れて、悔しいけど、嬉しいのよね」
自分達の知らない顔が、数メートル先にある。その事をとても悔しく思うと共に、反対に嬉しさも込み上げてくる。
普段、なかなか見られない物を見れた。その小さなお得感が、この複雑な気持ちを作り出しているのだろうか。
三人は隠れるのも忘れて、今は遠い華月を見詰め続けた。
‥NEXT‥
PR