体育館に、竹刀のぶつかる音が響き渡る。
三人が見詰める先では、二人の女子が剣道の試合をしていた。
理奈は剣道のルールを知らない。だが、華月がすごい事は何となく分かる。相手に比べて、華月の動きが美しいのだ。
踊るようにしなやかで、それでいてキレが良い。
また、試合が開始されてから間もなく五分になる。それなのに、その間一本も取られていないのだ。
一方華月も、まだ一本も取っていない。しかし、終始落ち着いていて、相手の攻撃にも動じる様子もない。
突き付けられていた剣先を払って、ついに華月が動いた。そして一瞬の隙を突いて、相手の間合いに入り込む。
「どーぉっ!」
華月の甲高い声と、胴を叩き付ける硬い音が理奈の耳に突き刺さる。それとほぼ同時に、審判の「止め」という声が聞こえた。
「やっぱり、華月ちゃんには敵わないや」
対戦相手が面を外し、華月に話し掛けた。普段から声が大きいのか、ギャラリーにいても彼女の声だけは聞き取れる。
「えーっ、五歳から剣道やってるのォ?」
「でっかい声……」
呟いて、華月を見た。細かい表情までは確認できないが、困っているようにも見える。
黙り込んだまま、三人は華月達を見続けた。と、視界の端を人影が横切る。
そして、振り向く間もなく男の低い声が三人にかけられた。
「こんな所で何をしているんだ?」
声の主は、こげ茶の短髪と太い眉が印象的な男。見た限りの年齢は、三十代前半だろうか。
全体的に細いのに肩や顎の骨ががっしりしているから、大きいような印象を受ける。
「裕也伯父さん」
「おう、久し振りだな」
星来が驚いて声を上げると、裕也と呼ばれる男は口の端を持ち上げて笑んだ。彼が、さっき話していた星来の伯父――華月の父親だ。
「それにしても、どうしてこんな隅で見ている? 前へ行けば良いのに」
「それは……」
思わぬ登場に驚いている理奈達三人に、裕也は再度訊ねた。どうやら、彼には訳を話していないらしい。
星来は言葉を濁し、目を泳がせている。
「何なら、下へ行くか? 華月!」
「はーい」
「げっ」
階下にいる華月に、裕也は大声で呼びかける。三人は咄嗟にしゃがんだ。が、遅かった。
「星来達が来てるぞ!」
「え?」
星来が引き立てられ、次いで理奈と麻美も観念して立ち上がった。いつの間にかギャラリーの下に来ていた華月は、困惑しているように見える。
「は、はろー」
星来が引き攣った笑顔で手を振る。
華月は暫しの間、口を開けたまま固まっていた。しかしすぐに表情は和らぎ、腕ごと大きく振り返した。
「何で三人がここにいるの?」
「け、見学?」
苦し紛れの答えを返せば、華月は嬉しそうに笑って手招きする。
「だったら、そんな所にいないで降りておいでよ」
「……うん」
そんな気はなかったが、見付かってしまったからには断るのもおかしい。
「こんなはずじゃなかったのに……」
ギャラリーを出て階段を降りる途中、理奈は一人溜息を吐いた。しかし麻美は反対に、楽しそうに理奈を追い抜いて行く。
理奈はもう一度溜息を吐くと、扉が開きっぱなしの玄関に目をやった。
そこでは、兄を探しに行ったはずの星来の父親が、大荷物を抱えて戻って来たところだった。
‥NEXT‥
PR