日が傾き、空の茜が薄れ始めた頃、リラはジンと共に城を後にした。
「お二人共、とても素敵な方ね」
隣を歩くジンに語りかければ、彼は少し照れたように微笑んだ。僅かに頭を傾けたジンの、宝石のような瞳に、朱色の光が反射して新しい色を作り出す。
「あなたの目は、王様から受け継いだものだったのね」
素敵なプレゼントねと微笑んだが、ジンは複雑そうに頬を掻いた。どうしたのだろうと首を傾げると、彼は苦笑して言った。
「昔から、容姿の事で色々と言われる事が多くてね。正直嫌だったんだ」
ジンと弟のセイは、目も髪も色が違う。
目の色は、黒が優性で青が劣性だから、子供が青い目になるためには劣性の染色体が結び付かなければいけない。ところが、母の目は暗い色をしている。そのめに、“ジン王子は妾の子である”という噂が流れた事があったのだ。
「でも、結局は母のお父さん――つまり俺の祖父が青い目をしていて、母にもその遺伝子がちゃんと存在していたんだよ。この件はそれで済んだけど、あまりに容姿が違う兄弟だから、その後も人の目はどうしても気になったよ」
今では全然気にしてないけどねと、ジンは目を細めた。
「そんな事があったなんて……。知らなかったわ」
「もう十年以上前になるから、リラはまだ小さかったと思う」
項垂れるリラに、ジンは優しく言葉をかける。だが、それでも、とリラは思わずにいられなかった。
「だって、その後も沢山色んな事があったんでしょう?」
「でもそれは、城の中だけで片付いたはずだよ」
ジンは、少しも考え込む事なく答えた。そして、まだ考えようとするリラを遮って、彼は僅かに身を屈めた。優しい瞳が、すぐ目の前に迫っている。
「リラには、俺の過去よりも今を知って欲しい。だから、リラは俺の過去を知らなかったからと言って、暗くなる必要はないんだよ」
「でも……」
まだ引っ込みがつかないリラに、ジンはホラ、と人差し指を立てた。
「俺だって、リラの過去を知らない。辛かった事も悲しかった事も、何一つ知らないんだよ」
お互い様だよねと言いながら、彼は笑った。リラは暫く納得がいかず、ジンと目を合わせられずにいた。だが、いつまでも黙っている訳にもいかない。
「リラ」
そこへ追打ちをかけるかのような、ジンの声。とうとうリラは負けを認めて、伏せた目を時間をかけてゆっくりと上向けた。
さっきまで赤かった空は、いつの間にか青色に戻っており、遠い所には既に藍色の闇が迫っている。
そして、目の前に現れた青い目は、相変わらず優しい色をしていた。気付かない内に、手も握られている。
そこから先は、本当に自然だった。何の躊躇いも疑問もなく、風が頬を掠めるのと同じくらい当然の事のように、二人は唇を重ねていた。
少しして、ジンが身体を起こすと、リラもようやく我に返った。さっき見た時には青かった空は、今は濃い色に変わり、小さな星が煌いている。
「リラ?」
「……ぃ」
「何? 聞こえないよ」
今度は別に意地を張っている訳ではないが、顔を上げられなくなってしまった。心配そうなジンに何とか答えるべく、リラは何とか声を絞り出す。
「どうしよう、すごく恥ずかしくなってきちゃった」
恥ずかしいと打ち明けるだけでも、顔から火が出そうなのに、ジンはあろう事か声を上げて笑い出した。
「今更?」
「な、何よっ! 良いじゃないっ!」
きっと、顔が真っ赤になっているに違いない。リラは掌で頬を包みながら、笑い続けるジンを睨み付けた。そこでジンはようやく笑うのを止めて、彼女の前に歩み寄った。
反射的に後ずさるリラの手を掴んで引き寄せると、ジンはリラの目元を優しく拭った。恥ずかしさのあまり、いつの間にか涙が滲んでいたのだ。
「リラのそういう所が可愛いんだよ」
一瞬、青い瞳の奥が光ったような気がした。リラが動けずにいると、ジンは口元を綻ばせて更に彼女を引き寄せる。
「一度のキスで、顔も上げられないほど恥ずかしがるくせに、いつも俺の目をじっと覗き込んでくるんだね」
「それはっ」
慌てて逸らそうとしたリラだが、それはできなかった。まるで、目を逸らせない呪いでもかけられているかのように、目がジンの青い瞳に吸い寄せられるのだ。
「……あなた、私に魔法をかけた?」
「どうして?」
突拍子もない問いかけだが、ジンは静かな微笑みを崩さない。瞬間、リラは自分の考えが当たっている事を悟った。
「目を、逸らせないの……」
言い終るより早く、リラの視界は涙に滲んだ。それと同時に、涙とは別のものが彼女の視界を奪う。
この日二度目の口付けだった。一度目よりも長いそれは、リラの涙が止まるまで続く事となった。
口付けを終えると、ジンは何事ともなかったかのように、照れて俯くリラの手を引いて歩き出した。
涙はすっかり乾き、頬に残った跡が少し痒い。
ようやく恥ずかしさが和らいだリラは、繋いだ手の先にいる青年に目をやった。
(今日は何だか、いつもと違う気がするわ)
それが一体何なのか、この時のリラには全く分からなかった。
‥NEXT‥
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