暖かい風が、街を駆け抜ける。
この日、ジンはいつものように、いつもの道を歩いていた。大通りを真っ直ぐ進んで、大きな交差点の少し手前にその店はある。
今日はいるだろうか。
少しの不安を抱え、そっと中を覗き込む。すると丁度、客が途切れて休憩に入ろうとしている所だった。
「やあ、リラ」
「え? あっ」
傍に寄り、声をかける。すると、リラは少し驚いたように声を上げたが、すぐに表情を和らげた。
「ジンじゃない。それ、どうしたの?」
彼女が指すのは、ジンの頭。
普段人前に出ないジンが昨日、大勢の前に素顔を晒した。別に住民を警戒する訳ではないが、何となく人目が気になるのだ。だから、滅多に被らない帽子で、気休め程度に顔を隠してみたのだが。
「変かな?」
一応、服に合わせて色や形も決めてみたつもりだ。しかし慣れないせいで、どこか不自然になっているかもしれない。
「ううん」
不安になって訊ねるジンに、リラは首が痛くなるのではないかと思うほど頭を振った。そして、極上の笑顔と共に言葉が贈られる。
「すごく似合ってる」
「そう? ありがとう」
期待していた台詞とはいえ、実際に言われてみると照れてしまう。ジンは照れを隠すように鍔を持って、軽く持ち上げた。
「ところで、あれから間に合ったの?」
「何とかね」
昨日リラ達と別れて、城に到着したのは四時五十八分。父親の元に辿り着いた時には五時を過ぎていて、叱られると覚悟していた。
しかし一向に、怒鳴られる事も嫌味を言われる事もない。不思議に思って訊ねてみれば、ジンが喧嘩に巻き込まれた事を既に知っていたのだ。
そして、「民衆を守るのが、我々の務め」と言って、リラ達を守ろうとしたジンを褒めたのだ。
「で、リラ達に会いたいってさ」
「達?」
リラが首を傾げる。
「妹さん。セイが気に入ったようだからって」
「あら」
口元に手を当て、面白がるように目を見開く。そんなリラの様子に、ジンは小さく笑った。
「リラも、人の事言っていられないよ?」
「え?」
何の事だか分からないと、リラはジンを見上げてくる。
ジンはもう一度笑って、細い手を取って身を屈めた。手の甲に触れると、その身が微かに強張る。
少しして身体を起こせば、リラの呆けた顔が見えた。
「……分かった?」
口の端を上げて訪ねてみる。するとようやく、この状況を飲み込めてきたようだ。
リラの白い肌が、みるみる赤くなっていく。
「ねえ、分かった?」
口をパクパクさせているリラを覗き込んで、もう一度訊ねる。リラは暫く視線を泳がせた後、足元に目を落とした。
「……多分」
ようやく聞き取れるほどの小さな声が、ジンの耳に届く。口の端が上がっていくのが、自分でも分かる。
「そっか、じゃあ楽しみにしてて」
「……ばか」
ジンが笑うと、リラは赤い顔を両手で覆った。指の隙間から覗く目が、ジンを睨み上げる。
先日に引き続き、よく晴れた春の午後だった。
‥END‥
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