これまで生きてきた中で、城に憧れた事は何度もあった。
町を見下ろす丘の上に建つ、高い塔。その最上階には大きな鐘があり、毎日、日の出から日没までの間、一時間おきに鳴らされる。
人々はその鐘の音によって、時刻を知り、生活を営んできた。
塔よりも奥では、この国の政治を行なう者達が働いており、その更に奥には、王家の人々が暮らす建物がある。
リラは生まれてからずっと、この町で暮らし、城を見上げてきた。確か、何かの式典で門の中に入った事もあったはずだ。
しかし、ここまで奥へ来た事は初めてだった。
「こっちは会議室。あっちは食堂」
「すごい建物の数ね。迷っちゃいそうだわ」
目に付いた建物を適当に案内されながら、二人は城の最も奥にある、ジン達が暮らしている辺りに到着した。
「俺も、小さい頃はよく迷子になったものだよ」
「ええ?」
信じられないと見上げると、ジンは少し照れたように笑いつつ、建物の間にある隙間を指差した。
「ここを抜けると、庭があるんだ」
「へえ……」
しかし、その隙間は小さな子供が通れるほどの幅しかなく、ジンはともかく、女のリラですら通るのは不可能だろう。
「六歳くらいまでは、ここを楽々通れたんだよ」
弟のセイと遊ぶ時も、この場所をよく通ったと言う。
「だけど、見てごらん。他の隙間も同じような形をしているだろう? だから、別の場所に入り込んだ俺達は、揃って迷子になってしまったんだよ」
「嘘!」
「本当だって。……あ、他の人には内緒だからね」
唇の前に人差し指を立てるジンに、リラは顔がにやけるのを押さえきれず、口元を緩ませながら頷いた。
「分かってるわ」
笑いながらの返答に、ジンは一瞬、不服そうに口を尖らせたが、すぐに笑顔を取り戻してリラの手を取った。
「さあ、行こうか」
「うん」
頷くと、ジンはその手を引いて足を踏み出した。リラも、その後に続いて歩き出す。
そしていくつかの角を曲った二人の前に、広い庭とこれまでにない巨大な建物が出現した。
「ここが……?」
今までに見たこともない、色に溢れた庭園と、それに負けないくらい美しい彫刻で飾られた宮殿。どこから見れば良いのか分からず、ただ呆然とするリラの前にジンは歩み出ると彼女の顔を覗き込んだ。
「城へようこそ、お姫様」
ふざけたつもりのジンだが、その冗談すら脳に届かない。
ようやく言葉の意味を理解したリラは、ジンの顔を直視できずに思わず俯いてしまった。
「あら、早かったのね」
直後、落ち着いた女性の声が聞こえた。そこでリラは顔を上げ、前に立つジンの影から身を乗り出して、その向こうを見た。
「あっ」
「母上」
ジンも振り向き、リラとほぼ同時に声を上げた。
そして、途端に緊張して固まってしまったリラの背を押して、自分の母親――この国の王妃の前にリラを置いた。
「まあ、その娘が?」
「は、はいっ! リ、リラと申しますっ!」
顔が熱い。きっと、真っ赤になっているに違いない。その間抜けな顔を見せたくなくて、リラは血が上ってしまうのではないかと思うほど深く、頭を下げた。
そんなリラを見て、王妃は声を上げて笑った。
「まあまあ、可愛らしいお嬢さんだこと。さあ、中へいらっしゃい。王が待っているわ」
王妃は言うと踵を返し、玄関と思しき扉に向かって歩き出した。
「リラ、行くよ」
「あっ、ハイ!」
リラは、数歩先で振り返って待っているジンに駆け寄り、隣に立ち止まった。彼はそれを確認してから、ゆっくりと足を踏み出した。
‥NEXT‥
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