晴天だった昨日とは変わって、今日は生憎の曇り空。しかし、彼はそんな事は気にしない。
ここはベーター星国の城下町。そして彼が立っているのは、商店街の一角にある小さな八百屋の前だ。
「こんにちは、お嬢さん」
「あっ!」
彼が声をかけると、相手は酷く驚いた様子で目を見開いた。
「昨日のお兄さん!」
看板娘は、見るからに嬉しそうに手を叩く。それが嬉しくて、こちらもつい、顔が綻んでしまう。
「本当に来て下さったんですね」
「うん。昨日の果物が美味しかったから、お礼をしに来たんだ」
というのは、単なる口実だ。本当の理由は、別の所にある。
「わざわざ良いのに」
「それともう一つ」
笑って言う少女に、彼は身を屈めて目線を近付ける。彼女は驚いて僅かに後ずさったが、すぐに微笑みを取り戻す。
「何ですか?」
首を傾げる仕草が、可愛らしい。
「名前を教えて欲しいと思ってね」
「え?」
見上げてくる少女に、彼はにこりとした。
こんな所を弟に見られでもしたら、最低三日は笑いのネタにされるに違いない。そんな事を頭の片隅で考えながら、彼は続けた。
「勿論、俺も名乗るよ。ジンって言うんだ」
「……あ、私は、リラといいます」
少しだけ反応が遅れたが、彼女はちゃんと答えてくれた。
「リラ? 良い名前だね」
「そんな事は……」
照れて俯く姿も、また可愛い。ジンはクスリと笑うと、昨日と同じ赤い実を指した。
「そうだ。あれを十個、貰えるかい?
家族にも好評で、すぐになくなってしまったんだよ」
「はいっ、只今!」
するとすぐに、リラは実を袋に詰め始めた。話題が変わって、安堵しているようにも見える。
「はい、千ベルになります」
手早く袋詰を終えて、手渡される。
「ありがとう、また来ても良い?」
「はいっ、勿論です!」
金を渡しながら訊ねると、リラは大きく頷いた。
「そうか、じゃあまたね」
手を振って去ろうとするジンに、リラが頭を下げた。
「ありがとうございました!」
昨日と同じ、元気な声を背中に受けて、ジンは笑みを浮かべる。しかしその胸に、昨日のような戸惑いは微塵も残っていなかった。
「よおジン、楽しそうだな」
「セイか」
家に帰る途中、一つ年下の弟・セイが、ジンに声をかけた。
「見てたぜ。さっきの子、誰なんだよ」
セイはにやにやしながら隣に並び、ジンの顔を覗き込む。見られていたのか。
「覗き見か?」
「人聞きの悪い。偶然だよ、ぐ・う・ぜ・ん!」
その言い方が、わざとらしく聞こえてしまう。不信感を剥き出しにしてセイを見ると、彼は溜息を吐いた。
「信用ねーな、弟を信用できないのか?」
「お前の日頃の行いが悪いんだ」
「ひでー」
日頃から、ジンが女と話している所を目撃すれば、それを“恋人”だと触れ回るのだ。冗談にしても、たちが悪い。
「とにかく、家に帰っても変な事言うなよ。冷やかされて大変なんだからな」
「ちぇー、分かったよ」
不満そうだが、何とか口止めは成功したようだ。
「よしじゃあ、これをやろう」
「お、昨日のやつだな?」
途端に目を輝かせるセイに、ジンは微笑んだ。
「とりあえず二つな。余ったらまたやる」
「おー、さんきゅ!」
セイは赤い実を受け取ると、歯を見せて笑った。
気が付けば、目前に大口を開けた門が迫っていた。
‥NEXT‥
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