風が街を駆け抜けた。
勢いにつられて、ジンの髪の毛がふわりと舞う。
目にかかった前髪を掻き揚げて、彼は口を綻ばせた。
良い天気だ。
空から注がれる光が街に活気を与え、人々の顔からは笑顔が絶えない。
風も暖かく、歩く足取りも軽くなる。
通いなれた道を歩いていけば、やがて見覚えのある屋根が見えてくる。
リラが働いている八百屋だ。
店は客で賑わっていて、店員の元気な声が聞こえてくるが、今日ばかりはその前を素通りする。
今日の目的地はここではない。
大通りの向こうの広場に用があるのだ。
街の中央に位置する広場は、いつも人が絶えない。
憩いの場としては勿論だが、誰もが知っている場所として、待ち合わせにもよく使われる。
今日のジンも、そこで待ち合わせをしていた。
広場の入り口に立つと、ジンは辺りを見回した。
街灯の下、花壇の脇、等間隔に並べられたベンチ、そして、広場のシンボルにもなっている、大きな噴水。
どこを見ても、待ち合わせ相手の姿は見当たらない。
まだ到着していないのだろうか。
広場内に設置された時計を見やり、彼は少し考えた。
そして、噴水の前に来ると、広場の入り口が見えるように向き直る。
ここであれば、相手も自分を見付けやすいだろう。
そう思って軽く目を閉じた時。
「止めて下さい!」
すぐそこの人込みから、女の叫ぶ声が聞こえた。
何事かとそちらを見たが、幾重にも重なる頭に阻まれて、何も見えない。
ジンはどうしても気になって、人込みに飛び込んだ。
「どうせ暇なんでショ?」
「違います!」
中心に近づくと、隙間から中の様子が少しだけ見る事ができた。
まだ成人していないような少女が、髪を染めた男達に絡まれている。
ジンは思わず溜め息を吐いた。
少女の顔に、見覚えがあったのだ。
一方、男は二人いるのだが、そのどちらも、だらけた印象しかなく、とても魅力があるようには思えない。
少女は今にも泣きそうな顔をして、男達を睨み付け、何とか追い払おうとしている。
「もう、私に構わないで下さい」
「そんな事言わないでサァ、俺達と一緒に遊ぼうよ」
しかし、男達はそんな事にはお構いなしというように、彼女に手を伸ばした。
その瞬間、ジンは無意識に動いていた。
前に立ちはだかる人を押しのけ駆け出すと、中心にいた少女と男達との間に割って入って行った。
ジンは少女を背後に隠して男達から遠ざけ、二人を睨んだ。
「私の連れに、何かご用ですか?」
「ジン!」
「リラ、大丈夫?」
突然現れたジンを、リラは驚いた様子で見上げた。
「何だァ? オメェ」
男達は眉間に思い切り皺を寄せてジンを睨み付けたが、そんな事で彼が怯む訳がない。
「あなた達こそ、何です? 彼女が嫌がっているのに、どこへ連れて行こうとしたんですか?」
「お前に関係ねーだろ!」
「あります」
怒鳴る男に、ジンはにっこり笑った。
「私は、彼女の待ち合わせ相手ですよ」
すると男達は言葉に詰まったようで、一瞬息を呑むと軽く舌打ちをしてどこかへ去っていった。
男達がいなくなると同時に、集まっていた野次馬も次第にいなくなっていった。
残されたジンとリラは、ようやく落ち着いてホッと息を吐いた。
「まったく、どこにもいないと思ったら、こんな事になってるなんて」
「わ、私のせいじゃないわ」
腕を組んで溜息を吐けば、リラはばつが悪そうに顔を背ける。
ジンはしばらくその横顔を見詰めていたが、やがて、低い位置にある彼女の頭に手を置いた。
「まあ、無事でよかったよ」
安堵の笑みを浮かべれば、リラもそれにつられたように、柔らかな微笑を返してくれた。
「ありがとう、助かったわ」
そう言うリラの表情はどこか照れくさそうで、ジンはますます顔を綻ばせた。
‥NEXT‥
PR