広場を出て暫く進むと、小さな森が現れる。
この森には、熊や狼などの猛獣がいないため、親子連れにも人気のスポットだ。
しかし、この奥にある丘の存在を知っている人は少ないようだ。一本道なのにも関わらず、さっきから誰とも会っていないし、すれ違っていないのだ。
「足元気を付けて」
ジンはリラを気遣いながら、細い道を進んで行く。
「まだなの?」
「もう少しだよ」
息を切らして訊ねるリラの手を取り、ジンは微笑んだ。そして手を引き、最後の段を乗り越えさせる。
「そんな事言って、実はまだあるんじゃないの?」
「今度は本当だって」
平坦な道を歩きながら、リラが訝しむ。実はさっきから、まだかと訊かれたらもうすぐだと嘘を言っていたのだ。
しかし、今回ばかりは本当だ。
カーブを過ぎると遠くに光が見えた。歩みを進める毎に、それはどんどん大きくなる。そして、
「ほら着いた」
「わ……」
木の葉のアーチを抜けると、急に視界が開け、同時にリラが声を上げた。
「国見の丘だよ」
その名の通り、この場所からは城下町が一望できる。しかも、城以外に高層建築物が存在しないために、空も驚くほど広い。
「綺麗……」
若草色の大地と、赤茶色のレンガで作られた街。そして、どこまでも青い空に散らばる、白い雲。
この景色に目を奪われるリラに、ジンは満足気に微笑んだ。そして、彼女の背中にそっと手を添えた。
「もっと向こうに行ってみよう」
「……うん」
ベンチのある展望台を抜けて、ジンは更に眺めの良い場所にリラを連れて行く。
足元に若々しい芝生が広がるその場所は、手摺もなければ邪魔な木もない。遮るものがほとんどない土手に、ジンは持参したシートを敷いた。
「座って」
「失礼しまーす」
ジンがシートの上に腰を降ろし、右隣を開けてやる。すると、リラは一声かけてから腰を降ろし、持っていたバスケットをその向こうに置いた。
「こんな所があるなんて、知らなかったわ」
「そう? 街から見えるから、知ってると思ったよ」
確か、リラの八百屋からも見えたはずだ。しかし彼女は首を振り、苦笑する。
「全然、気付きもしなかった」
昔からあるから、当たり前すぎて気付かなかったのか。
「本当に綺麗」
自己完結するジンの隣で、リラは改めて呟いた。
「ジンは、よく来るの?」
「たまにね」
一人になりたい時、一仕事終えた時、そして束縛する様々なものから開放されたい時。心が落ち着きをなくしている時に、ジンはここを訪れる。
「ここには、細い道を来なきゃいけないから、ほとんど人が来ないんだ。たまに手入れの人が来るけど、それっきりだね」
だから落ち着ける。
「秘密基地なのね」
「そうだね」
秘密基地。その言葉が、一番ピッタリくる。
ジンが下界に目をやると、リラも街を見下ろす。
視界の隅で、小さな花が風にそよいでいた。
‥NEXT‥
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