リラと出会ってから、一ヶ月が経つ。
その間、ジンは自分の仕事が忙しい時を除いて、ほとんど毎日八百屋に通っている。
そして今日も。
「やあ、リラ」
「ジン、また来てくれたのね!」
最初はおどおどしていたリラだが、今ではすっかり慣れて、世間話もしてくれるようになった。
「今日は何を探してるの?」
「そうだなあ、お勧めはある?」
一ヶ月も通っていれば、一通りの果物は食べ尽くしてしまう。リラに訊ねてみると、彼女は一通り悩んだ後、真っ赤な林檎を手に取った。
「これはどう? 火を通しても美味しいわよ」
「それじゃあ、それを十個」
勧められるままに注文すると、リラはジンを見上げた。
「欲しい物もないのに、毎日毎日、無理に来てくれなくても良いのよ?」
「そんな事は……」
リラは困ったように眉をひそめている。そんな彼女の言葉に、ジンは戸惑った。
確かに、珍しい果物はほとんど試したし、他に気になるものも特にない。けれども、ちゃんとした目的が他にあるのだ。
黙り込んだジンを、リラはじっと見詰めている。
訪れた沈黙に、ジンは内心溜息を吐いた。どうやら、一ヶ月以上同じ状況を維持するのは難しいらしい。
「……リラ、今度の休みはいつだ?」
暫しの沈黙を破って、ようやく繰り出された質問に、リラが不思議そうに首を傾げた。
「休み? ……明後日だったと思うけど」
ジンは記憶を手繰り寄せ、リラの休みと自分の休みを照らし合わせる。その日は夜まで自由だったはずだから、丁度良い。
「だったらその日、一緒に出かけないか?」
「え?」
ジンの唐突な言葉に、リラは目を丸くした。
「町の向こうに、眺めの良い丘があるんだ。たまにはゆっくりしよう」
そう言うと、リラは落ち着かない様子であちこち目を向けたり、考える仕草をする。
失敗したか。
早くも諦めそうになった時、リラは考えるのを止め、ジンを見上げた。
「それじゃあ、私はお弁当を作って行くわ」
そう言う彼女は、にっこり笑っている。
「本当に?」
「ええ、こう見えて料理は得意なの」
そういう意味で訊いた訳ではないのだが。出そうになった言葉を押し留め、代わりの言葉を紡いだ。
「楽しみにしているよ」
「あんまり期待しないで」
ジンの言葉に、リラは照れくさそうに髪を撫でた。
「ところで、どこで待ち合わせにする?」
雰囲気を壊さぬよう、細心の注意を払いながら訊ねる。
「あなたに任せるわ」
「じゃあ、記念広場の噴水前は?」
「おっけー」
待ち合わせの定番である街の広場を指定すると、リラはあっさりオーケーマークを出した。
その様子に、ジンは安堵した。とりあえず、嫌がられてはいないようだ。
「あ、もうこんな時間だ」
街の大時計が、三時を刻もうとしている。そろそろ帰らなければ。
「何かあるの?」
「これから仕事なんだ。明日も一日仕事があるから、多分来られないと思う」
言いながら、林檎十個分の料金を渡す。
「仕事って何なの?」
商品を引き渡しながら、リラが訊ねた。
「……ナイショ、今はね」
数秒考えた後、出てきた答えはリラに対して申し訳ないものだった。
「その内分かると思うよ」
それがいつになるか分からないが、いつか絶対に知られる日が来るだろう。
考えている内に、三時の鐘が鳴り響く。急がなければ。
「それじゃあ、明後日」
ジンはそれだけ言うと、走ってその場を後にする。
「気を付けてー!」
遠い後方から、リラの叫ぶ声が聞こえた。
‥NEXT‥
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