「ねえ、お母さん」
「なあに?」
公園を散歩中、少女が母親の袖をつまみ、満開の梅を指差した。
「どうして、梅はひとりでさくの? 藤や桜も、皆一緒にさけば良いのに」
この時期、みんないっぺんに咲くには寒すぎる。そうとは知らない五歳の少女は、なおも不思議そうに見上げている。
「それじゃあ、とっておきのお話をきかせてあげる」
「ほんと?」
「うん」
目を輝かせる少女を近くのベンチに座らせ、母親もその隣に腰掛けた。
***
むかしむかし、ある神社の隅に大きな白梅がありました。
咲けば、周りの花たちと比べものにならないほど美しいその梅は、町の人気者です。
ところが梅は、まだ寒い時期にひとりで咲き始め、他の花が咲く頃には散ってしまいます。
ある時、不思議に思ったウグイスが、間もなく咲こうとしている梅にたずねました。
「あなたはなぜ、こんな寒いときにひとりで咲くのですか?」
すると梅は答えました。
「私は寒いのが好きなの」
ウグイスは納得がいかず、更にききました。
「ひとりは寂しくないのですか?」
しかし、梅は笑って答えました。
「私が咲くと、皆が見にきてくれるから、全然寂しくないの」
にこりとして答える梅ですが、ウグイスは納得しません。
なぜならウグイスは、ひとりで咲くより皆一斉に咲く方が、賑やかで楽しいに違いないと思っていたのです。
そこで、ウグイスは梅に提案しました。
「では、今年は皆と一緒に咲いてみませんか?」
梅は少し迷いましたが、皆が自分に合わせてくれるならと頷いてくれました。
ウグイスは喜んで、町中の花達にこのことを伝えに行きました。
花達は皆、あの綺麗な梅と一緒に咲くことができると喜び、さっそく準備を始めました。
そして数日が過ぎ、風が仄かに暖かくなりました。
いよいよ咲く時がやってきたのです。
水仙が咲き、タンポポが咲き、藤や桜も花を開かせました。
そしてあの梅も、甘い香と共に花を咲かせました。
街は一気に色付き、極楽浄土のようです。
鳥や虫は目覚め、町民たちも皆一様に喜びました。
しかし、それは長く続きませんでした。
梅はもともと、派手な花ではありません。
しかし、他の花たちは皆、艶やかな色と形が特徴のものばかりです。
だから、折角の梅の美しさを、他の花が打ち消してしまうのです。
梅は、一人でひっそり咲く方が似合っていたのです。
しかも、梅が咲く三月は、他の花達にとって寒すぎました。
最初こそ元気に咲いていたものの、七日も経たぬ内にしおれてしまったのです。
唯一無事だったのは、誘いに乗らなかった、神社の境内にある古い桜だけ。
他は皆、来年の春まで咲くことができなくなってしまったのです。
この様子を見て、梅は悲しみました。
「どうして皆、自分を大切にしないの?」
よく考えれば、この季節に咲いても、長く咲いていられない事は明白でした。
言いだしたウグイスは、町中の花を駄目にした責任を負い、町を出ました。
以来、ウグイスは花々に、「梅と一緒に咲いてはいけないよ」と呼び掛けて回りました。
それは、ウグイスの子孫に代々受け継がれていったそうです。
***
「だから、梅は一人で咲くの」
話し終えた母親から、少女が目を逸らした。
「ウグイスさん、かわいそう」
「でもね、見て」
悲しそうにうつむく少女の髪を撫で、母親は梅の枝を指し示した。
そこにいたのは、小さな鳥。
「ホケキョ、ヘキョ」
覚束ない様子だが、この声はまさしくウグイスだ。
「梅はもう、ウグイスを許してるのよ」
今まで落ち込んでいた少女の顔は見る見る晴れてゆき、嬉しそうに笑った。
「ウグイスさん、良かったね!」
「ホケキョッ」
少女に答えるかのように、ウグイスが声を返した。
本当のところ、物語の行方は分からない。
梅がウグイスを許したかどうかもだ。
しかし、きっと許したのだと信じている。
ウグイスはこんなにも、梅を好いているのだから。
‥終わり‥
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