「……これが、ベーターの歴史。広場の由来だよ」
話し終えて、リラを見た。
彼女は終始、真剣な顔をして陣の話を聞いていた。時に息を飲み、時に悲しそうに眉をひそめて、本当に真剣に聞いてくれた。
「そんな事があったなんて、知らなかったわ」
何度も見ている街に目を向け、リラが呟く。
「なぜか、この街では知られていないんだよ」
「どうしてかしら?」
リラは首を傾げ、考える素振りを見せた。
とても大切な事なのに、何故、街の人は自らの歴史を知ろうとしないのか。それはジンも抱いていた疑問だ。
そしてそれは、幼い頃より考え続けてきて、最近になってようやく分かったような気がする。それは多分、
「あまりに辛かったから、思い出したくないのかもしれないね」
だから、先人達が自ら蓋をした。それは後世に生きるジン達に、当時からは考えられない平和と幸福をもたらした。
「だけど俺は、そんな事されても嬉しくないよ。どんなに暗い過去でも、ちゃんと知っておきたい」
過去は未来の糧になる。どんなに辛い過去でも、それを皆で分かち合いたいのだ。それに、かつて犯した過ちを知っていれば、同じ轍を踏まぬよう努力できるかもしれない。
だから先人達には、辛かったからと言って目を逸らして欲しくなかった。ましてや忘れてしまうなんて……。
ジンはそう思えてならないのだ。
「私もよ」
ジンの耳に、リラの静かな声が届いた。見ると、彼女は微笑みを湛えている。
「私も、ジンと同じ考えよ。過去は背負わなきゃ。それも皆でね」
片目を瞑るリラに、ジンは微笑を返した。
そして話を切り換えるように立ち上がり、彼女に手を差し伸べる。
「そろそろ帰ろうか」
「うん」
時計を見れば、もうすぐ三時半を迎えようとしている。思ったより長々と話してしまったようだ。
「ジン、この後仕事なのよね?」
「そうだけど」
何か訊きたそうなリラの様子に、ジンは苦笑した。
「まだ教えないよ」
「ケチー!」
リラは唇を尖らせ、不満を顕にする。
「あはは……」
ジンは乾いた笑いの後、リラの頭に手を乗せた。
「近い内に分かるよ」
「本当に?」
リラは不信がり、ジンを睨むように見つめてくる。
「本当だって」
ただし、自分の心の準備ができてからになるが。心の中で付け加え、ジンはリラの手を取った。
「さ、帰ろう」
「……うん」
リラはまだ不満そうだったが、ジンが微笑むと急にしおらしく頷いた。そして、
「いつか教えてね」
繋いだ手をぎゅっと握り、ねだるようにジンを見上げる。
「勿論」
返事と一緒に手を握り返すと、リラは嬉しそうに微笑んだ。
‥NEXT‥
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